不動産コンサルタント始末記
第1章 バブルが残したトラブル処理
「先生、何とか、助けてください。」
三十も後半の年だというのに、やけに気弱そうな口調で彼は言った。
ある知人の紹介で当職事務所に訪れた彼は、わざわざ1日かけて、
遠い島からやってきた。
吉田浩(仮名)、職業は公務員、そして独身。田舎暮らしに憧れて、自ら望んで島に移り住み、本人は、一応、質素ながらも満足した生活を送っていた。
そんなある日、彼のもとにかかってきた電話で、彼の人生は大きく変わることになる。
「吉田、久しぶり。」聞きなれた声ではあったが、突然の電話で誰だか
思いつかない。既に時間は夜の9時を回っていた。「俺だよ、中学時代、同級生だった、権藤だよ。」
「え、良くここが分かったね。」吉田はさほど権藤とは懇意な関係ではなく、怪訝な口調で尋ねた。「久しぶりだけど...。」以前、吉田は同級生から高額な布団を買わされた経験があり、この手の電話には慎重であった。「どうしたんだい、こんな時間に?」
「いやね、いい話があるからさぁ。」権藤は、吉田の連絡先を誰から聞いたとは説明せず、低めの声で話し出した。確か、以前に騙されて購入した高額の布団のときも、こんな出だしだったよなぁと、吉田は疑いながら聞いていると「実は俺、いま不動産、やってんだ。」
権藤は、高校卒業後、一度、どこかの会社に勤めた後、不動産会社に就職し、その後、仲間と独立して、現在、その会社で取締役になっていることなどの経緯を細かく説明した。
「でね、実は、俺のお客さんでさ、買い替えをしようとして自宅を売りに出したんだけどさ、本当はすぐに売れる物件なんだけど、ここは俺の力で安く売らせようとしてるわけ。」不動産のことなど全く分からない吉田には、権藤が何をいいたいのか想像もつかなかったが、権藤は唐突に用件を切り出した。「そこでだ、お前、買わない?」
「え、そんなの僕に買えるの?」突然の話に驚いたが、今まで不動産を購入することなど考えたこともなかったが、吉田は、自分の年齢や独身であることなどの負い目から、不動産という未知の、そして知人からの誘いに、妙なチャンスのような気分にかられた。「でも、僕、あまりお金ないよ。」
「大丈夫だよ、金なんか。」権藤は、自信たっぷりな口調で言った。「お前、公務員なんだから、信用力あるしさ、俺に任せれば大丈夫だよ。」
権藤は、その後、巧みに専門用語のような言葉を並べ立て、このマンションの購入を勧めた。吉田には、具体的に内容が理解できなかったが、概ね内容は、マンションの購入資金は、ほとんど全額を借入金で賄える、その借金の返済は家賃で賄える、その家賃の管理は権藤の会社が行うから、吉田には一切面倒がない、また、購入の手続きから一切合財、権藤が面倒を見てくれる、という内容であった。
吉田の両親は、東北地方で質素な暮らしをし、父は教員である。吉田自信、独身の島暮らしが気に入っている為、長男ではあるが実家に戻るつもりはない。最近では、年に1度も帰ることがなくなり、実家とは疎遠になっているが、両親からしてみれば40近い吉田が結婚もせずにいることが不安であり、何とか良い結婚相手でもいないものかと気がかりで仕方がない。週に数度、かかってくる母親の電話には、懇願に近いものを感じていた。
吉田はかつて、高額な布団を同級生から売りつけられ、その借金の返済に苦慮した経験がある。しかし、毎週電話をかけてくる母親に、結婚はしないものの不動産を購入した、と言ったときの状況を想像し、何となく、いつまでも子供扱いされている自分が、少しは成長したように感じてくれるのではないかと、ただ漠然とそう考えた。
「俺に、任せろよ!」権藤の最後の強い口調に、妙に大人気を感じ、頼れるように思えた。
今度は、ネズミ講まがいの高額布団の購入ではない、れっきとした不動産ビジネスであり、まさか会社の取締役までやっている権藤が、古いとはいえ友人の自分を陥れる筈はない、と吉田は安易に考え、このマンションの購入に踏み切ったのである。
「で、どうすればいいんだい?」
それが吉田の人生を狂わせる入り口であった。
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