テナントを含めたミーティングは、およそ4時間を要した。
入居テナントは、概ね本件事業に積極的であり、倉橋は確信に近いものを感じ取ることができた。
「では、浅川先生には、以上のようなテナントの要望を取り入れて計画図面の作成をお願いします。」倉橋は、その場で、参加した設計士の浅川に計画プラン作成の指示を出した。「ただ、お集まりの皆さんには恐縮ですが、万一、事業が途中で頓挫したりすると私自身の信用を失います。本件の立案には、2階、3階部分を万一の時の為に、将来、住居に改造できるようなプランでお願いします。」
「ということは、給排水設備やガスの配管などを用意しておくってことですか。」浅川は几帳面な性格であり、打合せの内容を詳細にメモをとりながら言った。
「その通りです。もちろんベランダや避難通路の確保もお願いします。」
倉橋は、飲み込みの早い浅川に追加の注文をした。
「もちろん建設業者の方も、覚えておいてください。見積もりの際にこの設備が入っていないときでも、追加の工事代金は払いませんから。」
倉橋の事業の進め方を知っている建築会社2社は、慌ててメモを取り出した。
「先生、あと、調剤薬局の配置ですが、今回の建物は全部が医療用の施設になりますから同一建物内に設置するのは難しいです。」医療コンサルタントの高橋は言った。「また同一敷地内に設けるのも、結構、難しいかもしれませんから設計図書が出来次第、事前協議が必要かもしれません。」
「それでしたら、私のほうで調査します。」
高橋の連れてきた調剤薬局の部長、三橋が言った。
「何例か、このような事前協議をしたことがあります。同一建物は、高橋さんが言うように難しいですが、同一敷地については、何とかクリアできると思います。私のほうで関係部署の確認を取っておきましょう。」三橋は若いながら部長職であり、間もなく2代目の社長に就任する立場であった。
かくして本件事業の計画は、初日のミーティングで概ね実現性のある計画にこぎつけることができた。
倉橋は、本件のように他業種にわたる企画立案については、その事業に携わるキーマンを全員呼んで、このようなミーティングを行い、その日のうちに方向性を決めてしまう手法をとることが多い。
事業計画が大きければ大きいほどちょっとした伝達ミスで致命傷となったり、是正の為に大きな費用が掛かってくるケースが生じてくる。特に、建築計画の際、プランニングの状態から度重なる変更が行われる為、事業に携わるキーマンが揃っていれば、いわゆる「言った言わない」のトラブルが避けられるばかりか、ミーティングの都度、それぞれ意思の確認ができるから、疎通が図れる。さらに、これらの集団がチェック機能になる為、計画の実行面でメリットがある。この手法は、倉橋が多くの建築プランニングを手がけてきたなかでの、なるべくミスを少なくするノウハウである。
その後、2、3、変更が加えられ、浅川から建築図書が倉橋のもとに届けられた。倉橋は、自らの要望が満たされていることを確認し、医療コンサルタントの高橋を呼んだ。
「このプランで、だいたい要望はクリアできると思います。」倉橋は、高橋に言った。「こちらの希望賃料は、調剤薬局を除いて270万円程度です。あとは高橋さんのほうでテナント側と借り上げ金額の調整を行ってください。」
「ん~、坪当たり9000円ですか。」高橋は、ちょっと渋い顔をしながら答えた。「駅前立地で1万円程度が標準的な金額です。ちょっと高くないですか。」
「いや、ここは無医村の地区です。また高齢化も進んでいます。医院としては、珍しく条件が整っています。」
倉橋は、自信ありげに高橋に言った。
「むしろ駅前立地より有利だと思いますよ。」
「まったく、先生にはかないません。」高橋は、大げさに言った。「一応、言ってみますよ。ただ、ここまできてこの話、壊さないようにしましょうよ。」
「もちろんです。お互い、努力して事業にしましょう。」倉橋は、ニコニコ笑いながら、高橋に言った。
その後、浅川の設計図書に基づき、2社から建築費の見積もりが届いた。両者共に2億4000万円を超える額であった。確かに、現実的には、この程度の費用は掛かるかな、とは思ったものの、倉橋としては、何とかネット収入で14%を確保したかった。本件については、建物全体を賃貸する為、ランニングコストはあまりかからない。賃料収入が1ヶ月あたり270万円で調剤薬局が20万円とすると、290万円×12ヶ月で年間3480万円の収入である。これから固定資産税140万円、受水槽清掃費7万円、エレベーターメンテナンスの80万円を差引くと、3253万円となる。これを14%で割り戻せば、約2億3200万円程度が建築コストである。
したがって、諸経費等を踏まえれば、何とか2億2000万円程度に押さえたい所である。