第9話 不動産鑑定評価の結果

倉橋は、山本から小林の自宅の不動産鑑定評価額を電話で聞き、本来であればもっと下がる筈だと主張はしてみたものの、山本の態度から、これ以上下げることは難しいと判断し、あと少し頑張ってもらうよう伝えた。

「先生、いくらになったんですか。」小林の貸している倉庫の敷地を、実態にそって倉橋と一緒にテナントを回りながら測量を進めていた伊東が倉橋に聞いた。「1億は、切りました?」

「いや、1億4000万円だって。」結果については、まだまだ不本意ではあるが、山本の評価で、ここまで下がれば、後々問題は生じない。「多分、山本先生が努力した結果でこの評価であれば、ここまでが限界かも知れない。」

「でも先生、4億円の評価が1億4000万円なんだから大成功じゃないの。」伊東は、倉橋に慰めるように言った。

倉橋は評価額については、もう少し下がると予想はしていたものの、この結果について不満ではなかった。山本は、いつも限界まで挑戦してくれる不動産鑑定士である。ある意味、倉橋は、山本がやって、ここまでとなれば、それ以上は無理であることを知っていた。

当初、小林家の相続は、2億2000万円程度の相続税がかかる計算であり、生命保険と現金を合わせても3000万円しか金融資産はなく、明らかに1億9000万円程度の資金がショートする小林家の相続であった。

概ね交通事故での賠償金5000万円程度は見込めるもののそれでも1億4000万円は確実にショートする、明らかに相続破産のパターンであった。ところが山本の不動産評価によって遺産総額は確実に下がり、現時点では、相続税が1億2000万円程度まで圧縮できた。また、先日、小川製作所に畑を売ったことで資金が3700万円入っており生命保険と現金が3000万円あるから、後は5300万円で足りることになる。

取り敢えず交通事故の賠償金が5000万円入ってくれば、ほとんど資金のショートは解決できることになる。

「先生、相変わらず凄いね。」伊東は、測量をしながら倉橋の説明を聞き、何だか狐に抓まれたような顔で言った。「小林さん、先生がいなかったら大変でしたよね。」

「いやぁ、亡くなった小林さんの人徳じゃないの。運がいいんですよ。」

そう言いながら、倉橋は付け加えた。「でも、世の中には、相続税の申告の仕組みを知らずに一財産失っちゃう人って多いんだよね。無知からくる利益の喪失って言うかさ、世の中に我々のような仕事をする会社って少ないから仕方がないかもしれないけど、資産家や地主も欧米並みにパートナーシップのとれるコンサルタント会社と付き合えばいいのにね。」

「先生、良い知らせです。」いよいよ測量の段取りも終わる頃、某地方銀行の塚本から、倉橋の携帯電話に連絡が入った。「先日の小林さんの相続税納税資金、今日、本部から正式に承認が下りました。」

「あ、そう。」塚本の明るく自信に満ちた声とは裏腹に、倉橋の声は曇った。万一、納税資金がショートしたときを考え、融資の打診をしていたのである。「で、どんな回答。」

「頑張りました。」銀行員にしておくのはもったいない程の営業マンの塚本は、自身たっぷりに言った。「1億円、20年の長期返済です。金利は、通常金利の0.3%引かせてもらいます。どうです、頑張ったでしょう。」

「ん~、ごめん。謝まんなくちゃならないことがあるのね。」電話の向こうで、塚本の酷く落胆した表情を感じながら、倉橋は言った。「お金、いらなくなっちゃいそうなんだ。」

「え。」塚本は、声をつまらせた。「どう言うことですか。」

「相続税、半分くらいになっちゃう感じなんだよね。」

「そんな殺生な。」関西人でもない塚本は、そんな言葉で落胆した表情を示した。「先生、じゃぁ、相続が終わったら小林さんに投資物件でも買ってもらってくださいね。」

「わかった、了解です。」倉橋は、小林の資産背景から、賃料収入の少なさを実感していた。「いま測量している土地に、将来、収益物件を建築するから、その際、必ず塚本君のところから借りるからさ、今回の件は勘弁して。調査費用は、うちの口座から落としておいてくれればいいから。」

「先生、都銀さんはなしですよ。」営業マンらしく、押さえを入れてから、塚本は、快く納得して電話を切った。

「伊東先生、たまには食事でもしましょうか。」いよいよ、小林の所有する全部の土地の測量を終え、一通り思惑通りに話が進んだことから、倉橋は、伊東に言った。

「いいですね、先生。約束どおり、奢ってくれる?。」伊東はそう言うと、ニコニコしながら資材を片付け出した。
 

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