第4話 全体計画

「先生、ご無沙汰しています。」小林との方針を打合せした翌日、倉橋は、いつも利用している伊東測量事務所の伊東に電話をした。「また、相続が発生したのでお願いします。」

「ここの所、多いですね。」伊東は、倉橋に言った。「今度は、横浜市内ですか。」

倉橋は急ぎの仕事となると、いつも伊東を使っているが、直近では千葉や静岡の測量まで頼んでいた。

「ん~、大丈夫ですよ、全部、横浜市内。それもまとめて4ヶ所くらい。」倉橋は、明るく言った。「相続人、お金ないんだ。全部まとめて先生の所に任せるから、測量代、負けて。」

「先生の話は、いつもそうじゃないですか。」そう言いながらも伊東は笑いながら答えた。「終わったら、ちゃんと一杯ご馳走してくんなきゃいやですよ。」そう言って、快く引き受けてくれた。

伊東はいつもそういって廉価で測量を引き受けてくれるが、双方、かなり忙しいから、一度も酒席を同席したことはなかった。

「ただね、1ヶ所だけ急いで売らなきゃならない所があるので、そこを至急やりたいんですよね。」倉橋は、昨日、小林の家族と約束した通り、袋地の畑の部分を先に測量してもらうことを伊東に指示した。「ここは袋地なんだけど、位置指定道路まで幅2メートルを超える国有地があるのね。ここの払い下げ申請も同時にやって貰いたいんです。」

「えっ、先生、今回、相続でしょ。」伊東は、驚きながら倉橋に言った。「国有地の払い下げって、結構、時間かかりますよ。大丈夫ですか。」

「うん、分かってますよ。」倉橋は、平然と言った。

「これはね、一つのポーズですから、気にせずやってください。また隣地の立会いが必要ですから、その際は、必ず私が立ち会いますので、日程等が決まったら、教えてください。」

そして倉橋は、小林の所有する土地の全部の地図と公図、謄本等を伊東にファックスをし、コンタ(高低測量)割図も同時にお願いするなど詳細な打合せをスムーズに行った。

その後、東京の不動産鑑定士にも同時に同じ書類を送付し、打合せは後日行うので、現地を確認して写真だけでも先に撮ってもらうように指示をした。

相続対策などの仕事の場合、申告納税までに相続発生から10ヶ月しかないこともあって時間的には余裕がない。今回のような急な相続の場合、自分の努力では時間が短縮できず、専門職を活用しなければならないものを先に段取ることが鉄則である。そうすることによって、同時並行的に仕事が流れて進むので効率的である。

「先生、こんな袋地、本当に処分できるんですか。」一応の段取りを終えて、書類を前にコーヒーを啜る倉橋に、心配そうに野崎が言った。「これ、家、建たないですよね。」

「ま、みてろよ。」倉橋は、自らの策に確信めいたものを感じながら、野崎に作戦を説明しだした。「ここに小川製作所ってあるだろう。」

「はいはい、あの隣が自宅になっている工場ですよね。」野崎は倉橋の言いたいことを多少察知したのか、聞き返すように言った。「この会社に買わそうって言うんですか。でも、こんな袋地、こちらから話もっていったら、かなり値段、叩かれませんか。」

本件土地は、奥行き22メートル、幅4.5メートルの位置指定道路の突き当たりに位置し、この道路と本件土地との間には、河川と一部、国有地の土地が横切っており、正に袋地である。この道路の西側に小川製作所と自宅があり、この工場の一部が本件土地に接している。また一方で、東側には古い民家があり、この民家の玄関先の3メートル程度部分から本件土地に向けてちょうどうまい具合に2メートルを超える幅で国有地(かつてあった畦地)が存在していた。

「そこでだ、ここの国有地を払い下げる。」倉橋は、公図上の国有地部分を指差して野崎に言った。「そうすりゃ、れっきとした宅地になる。」

「でも、隣は工場だし、給排水なんかの設備にお金が掛かりますよね。売れますかねぇ。」野崎は、倉橋の言いたいことを理解できずに、建売か何かを想像していった。

「馬鹿だね、おまえは。や、鈍いねぇ。」倉橋は、ニコニコしながら野崎に言った。「あのな、水道の水って、ほとんどタダみたいだろ。」突然、倉橋は、違う話題を切り出した。「でも、自動販売機で売ってる水は120円もするよな。」野崎は、突然の話の展開に驚いた。「これを砂漠のど真ん中に行って、売ったらどうなる。」

「そりゃぁ、高く売れますよね。」野崎は怪訝そうな顔つきで、倉橋に付き合っていた。「本当にほしい人だったら、全財産叩いても買うかもしれませんね。」

「そこだ。物の価格は、需要と供給によって左右されるもんだ。」倉橋は、野崎の怪訝な顔つきを楽しみながら、意味ありげに言った。

「水道の水をせめて自動販売機の水くらいにはしてみせる。ま、見てなよ。」
 

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